1.マルファン症候群の診断と初期観察
マルファン症候群と診断された人が家族にいる方は、眼の水晶体の異常や身体的特徴の合計点、大動脈弁輪拡張症(大動脈基部=バルサルバ洞の拡大)【図1】のいずれか1つあれば診断出来ます。誰も親兄弟で診断されていない場合は、大動脈弁輪拡張症と眼の疾患や身体的特徴と遺伝子異常で診断出来ます。
1-1.初期観察
診断された場合は、大動脈基部のバルサルバ洞の大きさが最も重要になります。大きさによって年に1回か2回の心エコー検査が必要になります。運動は制限され、競技スポーツは禁止になります。バルサルバ洞が標準より大きい人は特に注意が必要です。バルサルバ洞に関連した解離はスタンフォードA型です【図2】。スタンフォードB型の解離は背中から腹部の大動脈に起こるのですが、大動脈瘤がなくても解離するようです。したがって運動制限は重要になります。運動制限でも解離の発症を防げないのでベーター遮断剤という降圧剤、心収縮抑制剤を服用が推奨されています。血圧が下がりすぎるので服用しにくいこともあります。妊娠、出産も制限を受けます。
1-2.マルファン症候群の疑いの方
バルサルバ洞の拡大がない場合や軽度の場合は将来大きくなって診断を受ける可能性や突然大動脈解離を起こし死亡する場合があります。したがって、心エコー検査でバルサルバ洞の拡大がないか定期的に確認する必要が有ります。50歳以降に発症することもありますから、検査を怠らないことが重要です。
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3.最新治療と長期生存成績
『大動脈弁輪拡張症(AAE)に対する自己弁温存手術と大動脈全置換術』
1996年から2018年10月までにマルファン症候群の患者さん168人に302回(平均39歳、13~70歳)の心臓大血管手術を執刀しました。本邦では最大症例数を経験しています3)。
初回手術は118人(平均35±9歳)、(13~69歳),男女比=66:52で再手術を依頼された人が50人でした。初回症例の診断は大動脈弁輪拡張症が108人、A 型解離の合併が13人、その中の急性(発症2週間以内)は5人、B型解離が24例で内急性1人でした。その後遠隔期の解離の発生は、14人に認め、A 型解離の合併が3人、内急性は1人、B型慢性解離が11人でした。15年以上経過した症例では43人中26人(61%)が解離の合併がありました.
(1) 手術の基準(適応)
1. 大動脈弁輪拡張症の手術適応
自己弁温存基部置換術【図4】はバルサルバ洞最大径4㎝以上で僧帽弁同時手術で出産希望の女性では3.5~4㎝でも適応にしています。家族に解離がある場合は4㎝以下でも適応としています。大動脈弁が漏れだす人も早期適応と考えています。ベントール手術【図3】は、人工弁を使うため希望者は少なく、バルサルバ洞径は同じ考えで行っていますが、機械弁となるため適応が遅くなりがちです。15年以上で人工弁合併症が増える傾向があり、生存率も少し下がります。
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2.胸部下行大動脈瘤および胸腹部大動脈瘤の手術適応
胸部下行大動脈瘤および胸腹部大動脈瘤の手術適応は、大動脈最大径が4㎝以上を適応としています。また、2期的あるいは3期的に分割手術を行うことにより、脊髄麻痺を起こさないようにしています。出血も少なくなりますが、麻痺も死亡もありません。
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3.腹部大動脈瘤の手術適応
腹部大動脈瘤は約3~4㎝で積極的に行っています。男性では性機能が4割程度障害されることもあるようです。
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4.吻合部大動脈瘤の手術適応
吻合部大動脈瘤は拡大傾向があれば同一視野の大動脈瘤を剥離し周囲を含めて人工血管置換手術を行っています。
⑵ 手術法
1. ベントール法
1996年より両側の冠動脈をボタン状にくり抜き小口径人工血管を間にはさむ事で冠動脈を再建し、人口血管内に人工弁を縫い付けスカート付きの弁付き人工血管で大動脈弁置換を行い、小口径人工血管を弁付き人工血管に縫合し基部置換を完成させる方法(青見法)【図3】を考案し行っています[2]。出血防止のため弁輪部は連続縫合で追加補強しています。
2. 自己弁温存基部置換術
Davidの方法【図4】を行っていましたが、弁輪の変形で大動脈弁が漏れる症例を一部に経験しました。バルサルバグラフトを一時用いましたが、同じように大動脈弁が漏れる症例を経験しました。バルサルバグラフトは構造的に弁尖の合わさりが浅くなることがわかりました。また、僧帽弁形成との同時手術で大動脈弁の漏れが起き易いこともわかりました。
最新の方法は、基部の弁下の固定を3針と少なくし、弁輪の変形を出来るだけ無くすように工夫をしています【図5】。2013年以降は大動脈弁置換を行う症例はなくなり、急性解離の患者さんにも適応を拡大し、大きな問題なく成功しています。急性解離の緊急手術は、一般的に難しく、死亡率は高いと言われています。出血は多くなります。
2018年10月からは自己弁温存基部置換用計測器をアクリル樹脂で作成し、人工血管のサイズの選択と交連部の再固定の位置を決定するのに使用しています【図6】。より正確な再現性の高い手術を目標にしています。
3. 正常弓部~胸部下行大動脈に対するベントール+弓部置換及び胸部下行大動脈へのステントグラフト
ベントール手術が安定し、弓部置換も死亡がなかったことより、状態の良い症例で積極的に同時に弓部置換を行いました。2000年に一時期予防的にステントグラフトを同時に胸部下行大動脈に挿入し、解離の予防を試みました。遠隔成績は、良いです。
4. 弓部から胸部下行及び胸腹部置換術
(大血管外科手術用ナビゲーションシステムのホームぺージを見てください)
弓部再建には、超低体温併用逆行性脳灌流法や選択式脳灌流法を用いて行っています。大動脈2006年から光学的位置測定カメラを用いて実際の術野のポインターで示した観測点と3DCT上の点とをコンピューター上で合わせて肋間動脈の位置を同定するナビゲーションシステムを開発しました。この方法によりアプローチも的確になり効率の良い安全性の高い手術が可能になりました。
肋間動脈の保護には、体外循環中の温度も重要です。一度に広範囲で大動脈が解放され脊髄虚血が危惧される症例では、積極的に超低体温法積極的に超低体温方を用いています。小範囲の症例では、大腿動静脈バイパスによる心拍動下の大動脈遮による人工血管置換術を行って成功しています。を用いています。小範囲の症例では、大腿動静脈バイパスによる心拍動下の大動脈遮による人工血管置換術を行って成功しています。
(3) 手術成績(術後22年間の調査結果)
1. 全手術成績(2回目以降の症例を含む)
術後1ヶ月以内の死亡は4人(1.5%)で、破裂、術後出血、急性呼吸窮迫症候群(重篤な呼吸不全)、敗血症それぞれ1人でした。1ヶ月以降の長い経過の中での死亡は16人で敗血症4人、心不全3人、破裂3人、呼吸不全2人、他病死2人、脳障害1人、肺炎1人でした。
2. 初回手術から担当している患者さん
初回手術から担当している患者さんの遠隔成績は、10年生存が91.9%,20年生存が86.8%でした【図7】。そして再手術を受けない割合は、10年で68%、20年で49%でした。つまり2人に1人が再手術を受けていました【図8】。
3. 大動脈弁輪拡張症の手術成績
ベントール手術を78人に自己大動脈弁温存基部置換術を51人に行いました。同時に弓部再建は70人に行いました。これらの遠隔期の吻合部瘤による再手術は3人に行いました。早期死亡はベントール手術1人(0.9%)でB型解離の破裂死亡でした。2回目の手術を希望されず残念でした。遠隔死亡は7人でした。破裂3人、心不全2人、脳血管障害1人でした【図9】。
大動脈弁温存基部置換術は、自己弁の漏れから遠隔期に大動脈弁置換術を4例に行いました【図10】。その他、再手術の依頼を受けたベントールは13人でボタン法と人工血管介在法が有効でした。感染性心内膜炎で紹介されたDavid手術後の症例は、ホモグラフト(摘出大動脈の移植)で基部置換と僧帽弁形成術を行いました。無事生存しています。遠隔成績では自己大動脈弁温存基部置換術が良い傾向が見られますが、再手術に関しては、ベントール手術が有利です【図10】。今後の経過をみればベントール手術は15年以上で人工弁関連の事故が増えるので、20年の長期遠隔では自己大動脈弁温存基部置換術が有利になる可能性があると考えています。
4. 弓部置換、胸部下行及び胸腹部置換術
超低体温併用の逆行性脳灌流法や選択的脳灌流法を用いた弓部置換及び側開胸による弓部+胸部下行置換は19人でした。脳梗塞や脳出血は有りませんでした。胸部下行及び胸腹部置換は67人で下半身麻痺、手術死亡はなかったですが、呼吸不全や感染による病院死亡が4人に認められました。段階的な大動脈全置換と一部分が残る亜全置換28人は、成績は良好で対麻痺はなく、感染による病院死亡を1人に認めました。
特に、2006年から開始した大動脈ナビゲーションシステムを用いた胸腹部再建術は、31人に行いましたが、視野の良いアプローチの選択と大根動脈(脊髄栄養血管)の確実な再建により安全に行うことができました。下半身麻痺、病院死もありませんでした[4]。
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5.まとめ
マルファン症候群の心臓大血管手術治療の成績は、飛躍的に成績の向上が得られています。生存率が、2002年の私の論文[1]で10年70%、20年45%だったのが今回の統計では10年92%、20年87%まで上昇しています【図7】。
ベントール手術は、大動脈弁輪拡張症の標準術式ですが、遠隔期の人工弁関連の感染や血栓の問題、転倒事故による硬膜下出血、冠動脈の吻合部瘤や上行大動脈の解離による再手術が問題となります。自己弁温存基部再建術はDavid手術を改良することにより、再手術が少なくなり、最近5年では無くなりました【図5】。将来的に人工弁関連の事故がないことから、遠隔生存がさらに良くなると思われます。ベントール手術と自己弁温存基部置換術は、同時に近位弓部置換を行い、上行大動脈を完全置換を行うことが吻合部瘤と再解離を防ぐため重要と考えています【図11】。
ナビゲーション手術は新しいコンピューター外科の技術の導入による手術の安全管理の工夫です。医療事故を防ぐ良い手段と考えています4)。スタッフ全員の努力と協力により、多くの患者さんを救命し、長期生存が得られています。これからも、スタッフ全員一致して治療に専念し、マルファン・大動脈センターを発展させたいと思っております。
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